足立廣文を撮る・・・
文=町永康子
 紅葉には十日ほど早い十月のある日、朝から鈍色の空に覆われていた日光に小雨が降り出し、輪王寺の境内は夕暮を待たずに翳り始めていた。
「今年の夏は暑い日が少なかったから、いい色に染まるかどうか、心配ですね。」
 案内してくださっていた足立さんの言葉がふと切れた。見ると、体を二つ折りにし、早くも濡れ始めた草地に、ベージュ色のズボンの膝頭がよごれるのもいとわず両膝をついて背中を丸めている。
 カメラのフレームを形作った両の手が目に近づき、しばらく空を上下する。
 足立さんをとらえたもの。それは一本の曼珠沙華だった。
 雨を吸って色味の増した草叢の中に、鮮やかな朱色が咲いていた。
 背景の杉木立の深い緑と拮抗する一点の朱。
「いいものを見つけたよ。明日が楽しみだな。」
 相好を崩してつぶやきながら、足立さんは何度も頷く。
 日光に生まれ、日光に生きて51年間。カメラを持ってから30年になる足立さんの写真は、そのほとんどが日光を撮り続けて現在に至っている。
「どうして日光ばかりを、とよく聞かれるんですがね。こんな美しい、すべて超一流のものばかりが揃っている土地に生まれたんですから、心が動かされない方が不思議だと思うんですよ。」
 胸の底を洗うおいしい空気。四季の移ろいを見事に展開してみせる自然と、あふれる光。日本の美の一つの頂きを極めた建築物。
 日光はたしかに美しく、そしてこのように美しい土地は日本各地にたくさんある。が、その土地を故郷に持ち、何十年かを過した今でも、まるで一目惚れをした女性の魅力をなんのてらいもなく賛美する青年のような情熱を保ち続ける人は、やはり稀少なのではないだろうか。