| NEWS ■2000年10月21日埼玉新聞掲載 「竹とんぼで職人技伝授」 ■2000年10月7日下野新聞掲載 「日光街道の文化 歩いて伝えたい」 ■足立氏の弟子斎藤耕一氏が応援に来てくれました ■掲示板 日光の匠に応援メッセージを下さい。 |
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| 日光輪王寺を参拝し日本橋に参ります。お会い出来たら幸いです。 日光市長から東京都知事に宛てた手紙を預かりました。 |
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| 10月26日PM1:00 日本橋にゴールしました。 |
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| 日光の匠足立さんの12日間の全行程 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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一、自然を守ろう一、街並を守ろう 一、伝統を守ろう ・東京は田舎から若者をとりあげ ・自動車道は街並を崩壊させ ・大型店は商店の灯りを消し ・自動車はオゾン層に大きな穴をあけている |
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伝統工芸茶道具指物師足立 重勝 (勝晃)氏 プロフィール 1937年 栃木県日光市に生まれる。 1952年 栃木県公共職業訓練所 木材工芸科卒業 1952年 卒業後、高等建具店宮内庁御用 若林昇一郎氏に師事 1955年 伝統工芸茶道具指物師・影山貞治(晃山)氏の元で5年間修行 1960年 更に各地の師の元で7年間修行を積む 1967年 日光市に帰郷し独立 1992年 とちぎ県産品振興協会会員 1992年 日光伝統工芸協議会会員 1992年 各デパートにて茶道具制作実演販売 1992年 各茶道教室へ茶杓・香合制作体験教室出張講師 1992年 各流派の茶・華道具注文制作 ◆店舗兼工房 栃木県日光市上鉢石町1013 |
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| 出発前の足立氏のメッセージ | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 私は日光の匠の代表として、徒歩で日光街道を通って上京いたします。 主目的は、廃れようとする伝統工芸技術を次の世代に残したいからです。 このままでは、物を作る人はいなくなるだろうと思います。 安易に薄っぺらな物を作り、安価に売る。これでは、手のかかる民芸品は育ちません。本物を作る、本物を見抜く、こんな目を養うのも教育の一貫ではないでしょうか。 街道筋の学校を一つ一つ回り、子ども達と交流を持ちながら、子ども達の興味を持つ玩具の作り方、かんな、ノコギリの使い方、釘の打ち方、職人の技を教えようと思っています。自分で作る感動、自分で工夫する楽しみが一人でも多くの子ども達の思い出の中に記憶され、木工芸のノウハウが、次世代に引き継がれればと期待します。 道具と材料の日光杉木片を背負って旅に出ます。子ども達の真剣な眼差しがスタートする前から見えるようです。これは、全国の匠たちへの私の問いかけでもあるのです。 |
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| 本人とスタッフの分の靴を提供していただきました。ありがとうございます。 |
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